2008年02月06日

知り合いから

 私がこのサイトに書いてきたことと同じ話題が、2ちゃんねるでも話題になってゐるといふメールを貰ひました。或いは、私が2ちゃんねるに書いてゐるのでは、と心配されてメールをくれたのかも知れませんが・・・ そんなことをしてゐる暇は、私にはないです。

 私達は(いや私は)事實の前にひれ伏すことよりも、とかく獨自と思ってゐる考へや、當たり前と思ってゐる思想に拘泥しやすいものです。しかし、そのやうな考へや思想といふものは、事實であるかどうかといふことよりも、自分がさう思ってゐるといふ點にしか、根拠がないのです。恐らく私が取り組んできてゐることとは、まづは事實の前にひれ伏さうとすることです。そこから、自分が拘泥してきたものが見えてきます。さうして初めて自分が獨自と思ってきた考へや、當然と思ってきた思想が疑はしくなってくるのです。不完全で無責任であった自分が分かってくるのです。

 無論、それで私が完全になったわけではありません。まだまだ分からないことだらけなのです。そして、ああさうか、と分かりやすいときほど注意が必要だと、少しは思ふやうになってきました。

 そのやうな私の態度が、いい氣分で解説をしてゐる(してきた?)人には厄介に映るやうです。しかし私が知りたいのは、やはり事實なのです。そして物事を本當に知りたいのなら、わかりやすい解釋も説明も不要で、ただ、事實の前にいつでも土下座する心こそ、最も肝要だと、ますます思はれるのです。

 「世の中で自分だけがわかってるなんてことは、さうありゃしないんだ」(「麻雀放浪記」より)
posted by 岡山(HIDEっち) at 23:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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