そこで、オフィクレイドに對する知識をもう少し正確に掴めるやう、記しておきたい。
本來のオフィクレイド(演奏してゐるのは筆者)とズィーレの製造販売する「オフィクレイド」。
大きさも見た目も全く違ふのがよくおわかりになるかと思ふ。
これをそのままオフィクレイドとして考へてよいのだらうか?
オフィクレイドは19世紀初めに發明され、主にフランスやイギリスのオーケストラや軍樂隊で用ゐられた金管樂器。現在のユーフォニアムと同じ長さの圓錐形の管體に、半音ずつ音孔が空けられて、その音孔をキイで開閉して音を變へる。B管とC管があって、キイの數は9〜11。ベルリオーズの「幻想交響曲」には2パートが指定されてをり、第5樂章「ワルプルギスの夜の夢」では、4本のファゴットと共に「怒りの日」を奏でる。
筆者所有のオフィクレイド。左がB管、右がC管。
一方のドイツやオーストリアでは、この樂器とは別の金管低音樂器が作られて、それらが「オフィクレイド」として使はれてゐた。その一つが「ヴァルヴ・オフィクレイド(Ventilophikleide)」。オフィクレイドのやうな圓錐状の管體で、ベルの形もそっくり。ただし、音孔をキイで開閉するのではなく、ヴァルヴで管を切替へて音を變へる。
しかし、本來のオフィクレイドと同じ長さの管體に、金管樂器によく用ゐられる三本のヴァルヴを装備しただけでは、本來のオフィクレイドの低音域を半音階で演奏することが出來ない(三本ピストンのユーフォニアムでペダルのAまでの半音階が出來ないのと同じ)。
そこで、本來のオフィクレイドよりもさらに長い、F管またはEs管の管體を用ゐた。これなら、三本のヴァルヴでC管オフィクレイド最低音のHの音(またはB管オフィクレイド最低音のAの音)までの半音階が演奏可能になるといふわけなのだ(この管長とヴァルヴの關係については、佐伯茂樹氏から教へて頂き、目から鱗であった)。
ヴァルヴ・オフィクレイド in F/ベルギー・ブリュッセル楽器博物館所蔵
(同博物館ではウィーン式ボンバルドンと記載)
やがてヴァルヴの位置などが變更されたものも作られた。こういった「ヴァルヴ・オフィクレイド」はまた「ボンバルドン(Bombardon)」とも呼ばれ、後の太いテューバの源流であったとも考へられてゐる。
ボンバルドン in F/ウィーン新王宮古楽器博物館所蔵
(同博物館ではテューバと記載)
さて今、ズィーレが作ってゐるのも、このヴァルヴ・オフィクレイドやボンバルドンの範疇に入るものと言ってよいのではないかと思ふ。もちろんかうした古い樂器をそのまま製造してゐるわけではなく、伝統を踏襲しながらも、現代の技術やシステムを採用して、現代のオーケストラで「オフィクレイド」のパートを演奏するに相應しい樂器として開發された、温故知新的な樂器だと思ふ。
だからと言って、これをそのまま「オフィクレイド」と呼ぶのは如何なものか。そして、ベルリオーズやメンデルスゾーンはこの樂器を指定してゐる、などと説明するのは如何なものかと思ふのである。
「オフィクレイド」のパートを演奏するために作られたのだから「ボンバルドン」と呼ぶのは抵抗があるだらうが、誤解を招かないやう、せめて「ヴァルヴ・オフィクレイド」と呼んでみてはどうだらうか。