2011年05月29日

再び、ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?を考えへる

 昨日の記事(ユーフォニアムが一般に認知されてゐない理由について)を読んでくださった方から、このやうなご意見をいただいた。

 「ユーフォがオケで使用されないのは、サクソルンそのものが金管楽器で弦楽器の豊かなサウンドを再現しようとしたために役割が衝突してしまうからだと思う。」

 確かに、ブリティシュスタイルのブラスバンド(以下ブラスバンドと表記)に慣れ親しんでゐる方からすると、そのやうに考へたくなるものなのかもしれない。

 しかし、オーケストラの編成が大きく変化しなくなった以上、この問題で肝心なのは、現代のオーケストラの編成が固まりつつあった時代に、金管低音楽器として、どうして同時期に発明されたテューバが採用され、ユーフォニアムが採用されなかったのか、といふことを考へなくてはなるまい。

 元々、オーケストラの金管低音楽器といえば、セルパンやバスホルン、そしてオフィクレイドであった。メンデルスゾーンの楽曲や、近年発売されたクラシカルなソロCDなどを聴くと、その役割や音域は、現代のテューバと言ふよりも、むしろユーフォニアムに近いことがよくわかる(これらを楽器の形や「幻想交響曲」のイメージで判断すると、大きな見当違いを引き起こす)。

 にも関はらず、テューバが採用されたのである。これについては、以前に書いたので、それをご参照いただきたい(ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?)。

 では、なぜわざわざまたこの問題を採りあげるのかといふと、この方の何気ないご意見は、どうも誤解の上に築かれてゐると思はれ、しかしまたそれはこの方だけではなく、このやうな解釈も実際に非常に多く、ついては自分の考へをここできちんと記して、ご一考いただきたいと思ったからである。

 まづは、基本事項を頭に叩き込んでおく必要がある。テューバ(1835年)もテナーテューバ(1837年 後のユーフォニアム)もほぼ同時期に、軍楽隊の楽器として「それぞれ」発明された。アドルフ・サックスが、それらの楽器を参考に、サクソルンといふ「一連の」楽器を世に出したのは、その10年近く後(1845年)のことである。

 そして、もっと言ふなら、サクソルンの登場する数年前に、テナーテューバを基にした、ユーフォニアムが発明(1843年のゾンメロフォン この楽器は1844年にEuphonionとして特許申請)された。これは、「ソロ楽器」として特許が取られたもので、当然ながらサクソルンを基にしたものではないし、サクソルンとは目的も異なる。

 サックスは、ヨーロッパ各地の楽器を参考に、同一の管の広がりによる、各音域の楽器を発明し(広がり方によって、サクソルン、サクソトロンバ、サクソテューバなどを開発)、これを各国の軍楽隊(もちろん木管楽器も含む)に売り込もうとしたのである。この特性が現在までよく活かされてゐるのが、ブラスバンドだ(当然だが、サックスは、ブラスバンドを作るためにこの一族を発明したわけではない)。

 しかし、ブラスバンド=サクソルン族といふ固定した観念が、かうした事実を捉えにくくする。ブラスバンドに詳しい人ほど、「ユーフォニアムはサクソルンから発展した」と思ひたがり、「サクソルンを中心にしたブラスバンドに、ユーフォニアムが加へられた」といふ風には考へにくいのではあるまいか。

 もっともコルネットもサクソルンではないし、厳密に言ふならフリューゲルホルンもサクソルンではない(これはほぼ同じ楽器と言ってよいかもしれないが、フリューゲルホルンの方が先に世に出てゐることは、やはり心に留めておかなくてはなるまい)。

 ユーフォニアムはブラスバンドで活躍してゐる楽器だといふことから、知らず知らずのうちに、ブラスバンドを前提にして、ユーフォニアムについて考へてしまひやすいのだ。そして、その特性はサクソルンに由来してゐるといふ誤った認識が生まれ、これを疑はうとする力を失ってしまふ。

 これが、ユーフォニアムがオーケストラに採用されなかった理由を、つい「サクソルンの特性」に求めてしまふ原因なのではないか。

 「ユーフォがオケで使用されないのは、ユーフォニアムの豊かな響きが、オーケストラの金管低音楽器の役割としては合はないから」といふのなら、問題はない。

 一見同じやうなことを言ってゐるやうだが、「ユーフォがオケで使用されないのは、サクソルンそのものが金管楽器で弦楽器の豊かなサウンドを再現しようとしたために役割が衝突してしまうから」といふご意見は、あくまでブラスバンドにおけるユーフォニアムの立場や用法から、オーケストラで採用されなかった理由を類推したに過ぎないやうに見える。しかも、その意見の前提となってゐることに、錯誤が感じられる(なぜユーフォニアムの話にサクソルンの特性が関係あるのか? そもそもサクソルンは弦楽器のサウンドを再現するための楽器?)ので、首をひねってしまふのだ。

 この錯誤は、吹奏楽におけるユーフォニアムの立場や用法から類推した場合にも、起こりうる。

 歴史である以上、その時代や情勢を考へなくてはならないとは、誰でも知ってることだらうが、昔の人の目で見るといふことは、思ひの外難儀だといふことを知ってゐる人は少ない。皆、知らず知らずのうちに、今の目で歴史を見ようとしてしまふからだ。そしてその前提にしている「今」が、本当に確かなものか、疑ふ人は少ないからだ。

 さう、ついでながら、どなたか私に見せて欲しい。「サックスが発明した」サクソルンバスのスケッチか写真を。私はまだ見たことがないし、見たといふ人も知らない。誰も知らないのに見解だけが歩き回ってゐるといふことを、誰も不思議とは思ってゐない。

 それが見つかるかどうかわからないが、この秋、思ひ切ってベルギーへ行くことにした。博物館の画像を見る限り、展示されてゐるサクソルンは新しい時代のものばかりで、あまり期待はできないのだが…
 
Copyright(C) 2011 岡山(HIDEっち) (PROJECT EUPHONUM http://euphonium.biz/) All rights reserved. 文章・画像の無断転載厳禁 | Posted at May.29 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ユーフォニアムの歴史と研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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