2014年01月14日

オフィクレイドとヴァルヴ・オフィクレイド

ドイツのズィーレから「オフィクレイド」といふ名稱の樂器が發賣されてから、オフィクレイドにもまた色々な誤解が生じてゐるやうだ。Twitter などで「オフィクレイドを吹いた!」「見た!」といった話の寫眞を見ると、このズィーレの樂器だったりすることが少なくない。そして、「この樂器はベルリオーズやメンデルスゾーンが指定してゐる」などと得意氣に説明してゐたりする。こんな風に知識を蓄へてしまっては、いづれ「テナーテューバ」と同じく、もうどこから誤解を解いていったらいいのかわからない状態になるのではないかと危惧してゐる。

そこで、オフィクレイドに對する知識をもう少し正確に掴めるやう、記しておきたい。

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 本來のオフィクレイド(演奏してゐるのは筆者)とズィーレの製造販売する「オフィクレイド」。
 大きさも見た目も全く違ふのがよくおわかりになるかと思ふ。
 これをそのままオフィクレイドとして考へてよいのだらうか?

オフィクレイドは19世紀初めに發明され、主にフランスやイギリスのオーケストラや軍樂隊で用ゐられた金管樂器。現在のユーフォニアムと同じ長さの圓錐形の管體に、半音ずつ音孔が空けられて、その音孔をキイで開閉して音を變へる。B管とC管があって、キイの數は9〜11。ベルリオーズの「幻想交響曲」には2パートが指定されてをり、第5樂章「ワルプルギスの夜の夢」では、4本のファゴットと共に「怒りの日」を奏でる。

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 筆者所有のオフィクレイド。左がB管、右がC管。

一方のドイツやオーストリアでは、この樂器とは別の金管低音樂器が作られて、それらが「オフィクレイド」として使はれてゐた。その一つが「ヴァルヴ・オフィクレイド(Ventilophikleide)」。オフィクレイドのやうな圓錐状の管體で、ベルの形もそっくり。ただし、音孔をキイで開閉するのではなく、ヴァルヴで管を切替へて音を變へる。

しかし、本來のオフィクレイドと同じ長さの管體に、金管樂器によく用ゐられる三本のヴァルヴを装備しただけでは、本來のオフィクレイドの低音域を半音階で演奏することが出來ない(三本ピストンのユーフォニアムでペダルのAまでの半音階が出來ないのと同じ)。

そこで、本來のオフィクレイドよりもさらに長い、F管またはEs管の管體を用ゐた。これなら、三本のヴァルヴでC管オフィクレイド最低音のHの音(またはB管オフィクレイド最低音のAの音)までの半音階が演奏可能になるといふわけなのだ(この管長とヴァルヴの關係については、佐伯茂樹氏から教へて頂き、目から鱗であった)。

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 ヴァルヴ・オフィクレイド in F/ベルギー・ブリュッセル楽器博物館所蔵
 (同博物館ではウィーン式ボンバルドンと記載)

やがてヴァルヴの位置などが變更されたものも作られた。こういった「ヴァルヴ・オフィクレイド」はまた「ボンバルドン(Bombardon)」とも呼ばれ、後の太いテューバの源流であったとも考へられてゐる。

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 ボンバルドン in F/ウィーン新王宮古楽器博物館所蔵
 (同博物館ではテューバと記載)

さて今、ズィーレが作ってゐるのも、このヴァルヴ・オフィクレイドやボンバルドンの範疇に入るものと言ってよいのではないかと思ふ。もちろんかうした古い樂器をそのまま製造してゐるわけではなく、伝統を踏襲しながらも、現代の技術やシステムを採用して、現代のオーケストラで「オフィクレイド」のパートを演奏するに相應しい樂器として開發された、温故知新的な樂器だと思ふ。

だからと言って、これをそのまま「オフィクレイド」と呼ぶのは如何なものか。そして、ベルリオーズやメンデルスゾーンはこの樂器を指定してゐる、などと説明するのは如何なものかと思ふのである。

「オフィクレイド」のパートを演奏するために作られたのだから「ボンバルドン」と呼ぶのは抵抗があるだらうが、誤解を招かないやう、せめて「ヴァルヴ・オフィクレイド」と呼んでみてはどうだらうか。
 
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オフィクレイドでオーケストラに メンデルスゾーン「夏の夜の夢 序曲」

11月の「エリア」に續いて、12月はSENZOKOジュニアオーケストラの定期演奏會で、エキストラとしてオフィクレイドを演奏しました。ジュニアオーケストラとは言っても、ジュニアがゐるのはヴァイオリンとチェロのみで、他のパートは先生や音楽大學の學生さん達です。

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樂屋も一人部屋をご用意頂くといふ身に余る待遇(余計に緊張しさうでした(笑))。

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ユビキタスバッハとは違ひ、モダン樂器のみのオーケストラでしたので、音程や音量のバランス、音色の違和感にかなり苦勞しましたが、指揮者の久行氏(作曲家でもある)からは「テューバで演奏すると、どうも音量音質共に浮いてしまって、疑問でした。オフィクレイドで演奏すると、出しゃばることなく木管樂器とよく溶け込んでゐて、このバランスがメンデルスゾーンの意圖してゐたところなのだらうと納得ができました」とのお言葉を頂きました。

また、序曲には、面白いことにトロンボーンが含まれてをらず、「エリア」とは大分役割が違ってゐる感じがしました。佐伯茂樹氏によれば、メンデルスゾーンの自筆譜にはオフィクレイドではなく、イングリッシュ・バスホルン(Corno Inglese di Basso)と記されてゐたさうです。イングリッシュ・バスホルンを吹いた経験がないので、響きをイメージしにくいのですが、色々な寫眞を見ると、オフィクレイドのやうに半音順にキイが装備されてゐるわけではなく、セルパンと同じく、指の届きさうなところに指穴が開けられてゐて、足りない分をキイで補完するやうな構造の樂器であることがわかります。音程をきちんと取って安定した響きを出すのは、オフィクレイド以上に大變さうです。

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 イングリッシュ・バスホルン Griesling & Schlott製 (Ger. Berlin)
 (Guenter Dullat, "Holtzblasinstrumente und Metallblasinstrumente auf Auktionen 1981-2002", P.178, Guenter Dullat, 2003. )

佐伯氏は御著書の『名曲の暗号: 楽譜の裏に隠された真実を暴く』(音楽之友社)で、メンデルスゾーンはこの曲において、「鳴き声の最も惡い動物」であるロバ(劇中に頭をロバにされてしまった男が登場する)の概念を、この樂器に表現させたのではないかと書いてをられます。

実際、ソロの場面は、オフィクレイドにとってもなかなかシビアな最低音でして、なんとかしようとしてこんなおっかない顏で演奏してゐたやうです(笑)

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なほ、このイングリッシュ・バスホルンの指定は、今年の4月に Hynemos Wind Orchestra で演奏する「ハルモニームジーク(吹奏樂)のための序曲」にもあり、興味深いところです(オフィクレイドで演奏します)。

今回はケノン製のC管(11鍵)を使ひました。高音から低音まで音域が廣かったですが、モダンオケと演奏するため、マウスピースは「エリア」の時と同じ、やや深いレプリカ(元のメーカー等は不明)を使ひました。一番左のマウスピースです。

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といふことで、昨年後半に二度もエキストラとしてお声をかけて頂いたオフィクレイドの演奏ですが、機會を頂けましたら今後も演奏していきたいと思ってゐます。

SENZOKUジュニアオーケストラ 第5回定期演奏会
2013.12.01 Sun
開場:10:30 開演:11:00
洗足音楽学園 前田ホール

指揮:久行敏彦

Program
メンデルスゾーン/真夏の夜の夢より 序曲
ウェーバー/クラリネット五重奏
モーツァルト/交響曲 第35番 「ハフナー」


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