2011年05月30日

三度、ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?について

 一昨日の記事(ユーフォニアムが一般に認知されてゐない理由について)を読んでくださった方から、さらにこのやうなご意見をいただいた。

 私は、「セルパンやバスホルン、オフィクレイドの音色や用法からすると、テューバよりもむしろユーフォニアムに近い、しかし実際にはテューバが採用され、オーケストラの定席を得た」といふ意味のことをこれまで書いてきた。これについて、「ユーフォ吹きの独善的解釈」あるいは、「希望的観測」と評された。

 どうしてそのように読まれてしまったのか、腑に落ちないし、非常に残念に思った。

 これまで、わづかながらかもしれないが、セルパンやオフィクレイドのソロや合奏の実演、そしてオーケストラにおける用法などを辿ってきた上で、今まで抱いてゐたこれらの楽器のイメージや言説が、ずいぶん異なることを、感動と衝撃を以って知った。その経験の上で、これらの演奏には、テューバよりもユーフォニアムが適してゐたはずだと考へたのである。

 実際にイギリスではユーフォニアムがオーケストラの最金管低音楽器として、編成に組み込まれ、その後、E♭バスがテューバとして採り入れられている事実があると、またフランスでは、ご存知のとほりフレンチテューバ(C管のサクソルンバス)が長く使はれもした。これらは、歴とした事実であり、私の独善的解釈でも、希望的観測でも断じてない。

 しかし、結果として、ユーフォニアムではなく、あの大きいテューバが採用されて行ったのは、金管低音楽器の役割が、オーケストラの中で変化して行ったが為だということも、以前に記した(「ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?」)。

 私は「元々の低音金管楽器の役割からしたら、ユーフォニアムが相応しかったはずだ」といふ判断と、その後の役割が変化したことによって、大型のテューバが採用されたのだとといふ判断を一貫して述べてゐるのであり、「ユーフォニアムが採用されなかったのはをかしい」といふ話をしてゐるのでは、断じてない。

 しかも、それをユーフォニアム吹きだから、ユーフォニアムの都合のいいように事実を解釈してゐるかのやうに評されるのは、全く心外である。なぜならそれは、私がユーフォニアムを研究するにあたって、最も忌避し、細心の注意を払ってきたことである。

 どうしてもさうとしか読めないといふのであれば、実に残念であるが、私の力足らずか、あるいは、さうは思ひたくないが、批判された方の認識不足による言ひがかりだと言はざるを得ない。

 私と同じ意見ではなくても、私は一向に構はない。しかし、机上や思い付きや空想ではなく、まともに取り組んでから、ご意見いただきたく思ふ。せめて、まともなセルパンやオフィクレイドの実演に触れて、スコアも読んだ上でご批判いただきたいのだ。今や機会は、いくらでもある。

 そんなことをわざわざしなくても、容易に想像はつく、といふ自堕落な評者にはなっていただきたくないのだ。さういふ無知なる知者によって、実に多くの誤解が巷に溢れてしまってゐるのだから。
 
 これも経験主義に陥ってゐるなどと評されたとしたら、もはやこれ以上深い話には踏み込めまい。経験といふ言葉を…

 いや、もうやめよう。
 
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2011年05月29日

サクソルンといふ総称

 その後、昨日ご意見を下さった方(「再び、ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?を考えへる」を参照)と少しやり取りがあり、要するに、彼が円錐管系金管楽器を「サクソルン」と総称してゐたといふことがわかった。彼は、コルネットやユーフォニアムがサクソルンではないことを知ってはゐたが、読み手が理解しやすい言葉が他に流通してゐないといふ理由で、円錐管系金管楽器を「サクソルン」と称してゐたのださうだ。

 確かに、円錐管系金管楽器をサクソルンと総称してしまふのは、何も彼だけではない。我が国の雑誌や専門書にもそのような記載がされてゐることもある。

 しかし、そのお陰で、ユーフォニアムやテューバについては、これまで多くの誤解を生んできたし、今も正確に把握することを困難にしてしまってゐることは否めない。平素のお喋りであれば、使ひ慣れた言葉で表現すればそれで事は足りる(つまりパスタでもスパゲッティでもどっちでもよい)であらうが、物事を真面目に論ずるとなれば、やはり相応しい言葉を使ふ、発見する、発明することが、思索の第一歩だと思はれてならない。
 
 海外の文献を読むと、Conical Bore Brass Instruments といふ括りが見られる。そこには、サクソルンも、他の国の円錐形金管楽器も含まれるのだ。これは、的を射た括りだと思ふ。そこで、円錐管の金管楽器は、そのまま円錐管系金管楽器と称するのが適切ではないかと思ふ。

 サクソルンとは別の、ドイツやオーストリアの円錐管系金管楽器が、今も普通に彼の地の文化として根付いてゐるのに、これらを「サクソルン」と称するのは、やはり適切ではないだらう。

 吹奏楽とブラスバンドは違ふ、といふことを理解し、使ひ分けることが出来る方なら、この違ひも容易に理解し、使ひ分けられるものと思ふ。

 もし私が、蕎麦屋のおばちゃんから、「あなたブラスバンドやってるんだってね」と言はれたら、実は吹奏楽をやってゐても、普通に「はい」と応へるだらう。訪ねられない限りは、わざわざ吹奏楽とブラスバンドの違ひや言葉の用法など説明はしない。しかし、吹奏楽やブラスバンドをやってゐる人が相手であれば、間違ひなく「いいえ、吹奏楽です」と言ふであらう。
 
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再び、ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?を考えへる

 昨日の記事(ユーフォニアムが一般に認知されてゐない理由について)を読んでくださった方から、このやうなご意見をいただいた。

 「ユーフォがオケで使用されないのは、サクソルンそのものが金管楽器で弦楽器の豊かなサウンドを再現しようとしたために役割が衝突してしまうからだと思う。」

 確かに、ブリティシュスタイルのブラスバンド(以下ブラスバンドと表記)に慣れ親しんでゐる方からすると、そのやうに考へたくなるものなのかもしれない。

 しかし、オーケストラの編成が大きく変化しなくなった以上、この問題で肝心なのは、現代のオーケストラの編成が固まりつつあった時代に、金管低音楽器として、どうして同時期に発明されたテューバが採用され、ユーフォニアムが採用されなかったのか、といふことを考へなくてはなるまい。

 元々、オーケストラの金管低音楽器といえば、セルパンやバスホルン、そしてオフィクレイドであった。メンデルスゾーンの楽曲や、近年発売されたクラシカルなソロCDなどを聴くと、その役割や音域は、現代のテューバと言ふよりも、むしろユーフォニアムに近いことがよくわかる(これらを楽器の形や「幻想交響曲」のイメージで判断すると、大きな見当違いを引き起こす)。

 にも関はらず、テューバが採用されたのである。これについては、以前に書いたので、それをご参照いただきたい(ユーフォニアムがオーケストラにないのはなぜか?)。

 では、なぜわざわざまたこの問題を採りあげるのかといふと、この方の何気ないご意見は、どうも誤解の上に築かれてゐると思はれ、しかしまたそれはこの方だけではなく、このやうな解釈も実際に非常に多く、ついては自分の考へをここできちんと記して、ご一考いただきたいと思ったからである。

 まづは、基本事項を頭に叩き込んでおく必要がある。テューバ(1835年)もテナーテューバ(1837年 後のユーフォニアム)もほぼ同時期に、軍楽隊の楽器として「それぞれ」発明された。アドルフ・サックスが、それらの楽器を参考に、サクソルンといふ「一連の」楽器を世に出したのは、その10年近く後(1845年)のことである。

 そして、もっと言ふなら、サクソルンの登場する数年前に、テナーテューバを基にした、ユーフォニアムが発明(1843年のゾンメロフォン この楽器は1844年にEuphonionとして特許申請)された。これは、「ソロ楽器」として特許が取られたもので、当然ながらサクソルンを基にしたものではないし、サクソルンとは目的も異なる。

 サックスは、ヨーロッパ各地の楽器を参考に、同一の管の広がりによる、各音域の楽器を発明し(広がり方によって、サクソルン、サクソトロンバ、サクソテューバなどを開発)、これを各国の軍楽隊(もちろん木管楽器も含む)に売り込もうとしたのである。この特性が現在までよく活かされてゐるのが、ブラスバンドだ(当然だが、サックスは、ブラスバンドを作るためにこの一族を発明したわけではない)。

 しかし、ブラスバンド=サクソルン族といふ固定した観念が、かうした事実を捉えにくくする。ブラスバンドに詳しい人ほど、「ユーフォニアムはサクソルンから発展した」と思ひたがり、「サクソルンを中心にしたブラスバンドに、ユーフォニアムが加へられた」といふ風には考へにくいのではあるまいか。

 もっともコルネットもサクソルンではないし、厳密に言ふならフリューゲルホルンもサクソルンではない(これはほぼ同じ楽器と言ってよいかもしれないが、フリューゲルホルンの方が先に世に出てゐることは、やはり心に留めておかなくてはなるまい)。

 ユーフォニアムはブラスバンドで活躍してゐる楽器だといふことから、知らず知らずのうちに、ブラスバンドを前提にして、ユーフォニアムについて考へてしまひやすいのだ。そして、その特性はサクソルンに由来してゐるといふ誤った認識が生まれ、これを疑はうとする力を失ってしまふ。

 これが、ユーフォニアムがオーケストラに採用されなかった理由を、つい「サクソルンの特性」に求めてしまふ原因なのではないか。

 「ユーフォがオケで使用されないのは、ユーフォニアムの豊かな響きが、オーケストラの金管低音楽器の役割としては合はないから」といふのなら、問題はない。

 一見同じやうなことを言ってゐるやうだが、「ユーフォがオケで使用されないのは、サクソルンそのものが金管楽器で弦楽器の豊かなサウンドを再現しようとしたために役割が衝突してしまうから」といふご意見は、あくまでブラスバンドにおけるユーフォニアムの立場や用法から、オーケストラで採用されなかった理由を類推したに過ぎないやうに見える。しかも、その意見の前提となってゐることに、錯誤が感じられる(なぜユーフォニアムの話にサクソルンの特性が関係あるのか? そもそもサクソルンは弦楽器のサウンドを再現するための楽器?)ので、首をひねってしまふのだ。

 この錯誤は、吹奏楽におけるユーフォニアムの立場や用法から類推した場合にも、起こりうる。

 歴史である以上、その時代や情勢を考へなくてはならないとは、誰でも知ってることだらうが、昔の人の目で見るといふことは、思ひの外難儀だといふことを知ってゐる人は少ない。皆、知らず知らずのうちに、今の目で歴史を見ようとしてしまふからだ。そしてその前提にしている「今」が、本当に確かなものか、疑ふ人は少ないからだ。

 さう、ついでながら、どなたか私に見せて欲しい。「サックスが発明した」サクソルンバスのスケッチか写真を。私はまだ見たことがないし、見たといふ人も知らない。誰も知らないのに見解だけが歩き回ってゐるといふことを、誰も不思議とは思ってゐない。

 それが見つかるかどうかわからないが、この秋、思ひ切ってベルギーへ行くことにした。博物館の画像を見る限り、展示されてゐるサクソルンは新しい時代のものばかりで、あまり期待はできないのだが…
 
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2011年05月28日

ユーフォニアムが一般に認知されてゐない理由について(古い雑誌を読みつつ)

 どうも体調が悪く、家でおとなしくする日が続いてゐるのだが、このついでに、古い吹奏楽の雑誌を読んだりしてゐる。

 いづれも、20〜30年ほど前の雑誌で、数年に一度、ユーフォニアムや金管低音楽器の特集が組まれてゐる。ユーフォニアムが一般に認知されてゐないのは、今も変はらず、ひどい場合には、オーケストラでユーフォニアムを使用することを嫌ふクラシックファンもゐたりするのが現実である。

 まぁ、この原因はユーフォニアム=吹奏楽の楽器であり、吹奏楽といふものは軍樂隊による戦意高揚の類、または吹奏楽コンクールに見られるスパルタ式部活指導の範疇であり、こんなものはクラシック音楽とは認めたくない、といふ見方が圧倒的であることを示してゐるやうにも思はれる。

 そして、かういふことを言ふ輩ほど、映画音楽をクラシック音楽の範疇に入れることには、あまり神経質にならない、といふのがまたをかしなところだ。これはもはや吹奏楽アレルギーと言ってよからうと思ふ。ユーフォニアムも、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、といふことで、クラシックファンからは嫌はれる傾向もある。

 それはさておき、この雑誌の当時のユーフォニアムの著名人たち(今も有名な方々)が、ユーフォニアムが一般に認知されてゐない原因を、どのやうに捉へてゐたかが、興味深い。別に個人攻撃のつもりはないので、かひつまんでみると、

・歴史が浅い
・各国で名称や形状が異なり、統一されていない

 といふ意見が多く見られた。

 歴史はテューバとほぼ同じなので「歴史が浅い」とするのは事実誤認か責任転嫁。

 「各国で名称や形状が異なり、統一されていない」といふ意見は、尤もらしいのだが、例へば「バリトン」といふ名称に統一すれば、もっと認知されるかと言ったら「いやいや」と反発されさうなものだ。第一、ドイツやオーストリアのバリトンやテノールホルンを、一律に「テナーテューバ」と記載してゐるところからして、「各国で名称や形状が異なる」事実を、正確に捉へてはゐないのだから、実は扱ふ奏者たちが「面倒くさい」と思ってゐるに過ぎない魂胆が、透けて見えてしまってゐる。責任転嫁の類だ。

 一方、他の楽器の奏者は

・音に芯がなく、(オーケストラの)金管楽器としては異質で扱いづらい

 といふ意見に、ほぼ一致してゐるのが面白い。どうも、他の楽器の奏者からの意見の方が、的を射てゐるやうだ。もし、ユーフォニアム奏者の誰もがこれを悪口と思ってしまふなら、もはやこの楽器に未来はないばかりか、さう思ってしまう本人も知れたものだと思ってよいのではないか。

 結局、一般的には、「オーケストラで使はれてゐない」「吹奏楽でしか使はれてゐない」といふのが、認知されにくい一番の理由のやうに思はれる。そして、吹奏楽の一般的な認識、オーケストラの低迷を考へると、今後もユーフォニアムがメジャー化するとは、きはめて考へにくい。

 もちろん、一般に認知されない楽器が不必要であるとは思はない。適材適所、活躍の場はある。しかし、他の楽器ほどはないし、これからも広がりは乏しいであらう、といふことだ。この「適材適所」といふことを、よく考へるべきだ。「適材」を知り、「適所」を知ることだ。

 夢のない話と怒られるかもしれないが、今後の進路を考へてゐる方、今後の進路を指導する方には、楽器の特性を知り、正確な知識を得ること、そして活躍の場、可能性といふものをよく見据えて、惨めな選び方をしないやう、願ふばかりだ。

 かなり飛躍するやうだが、かうした努力が、結果としてユーフォニアムの歴史になっていくのだといふことを、忘れないでいただきたい。そして、私はユーフォニアムが大好きだといふことも、どうか忘れないでいただきたい(笑)。
 
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2011年05月19日

第1回 World Concert "JIYU−自由−" (予定)

第1回 World Concert "JIYU−自由−" 台湾
2011年8月26日(金)〜8月28日(日)
http://sites.google.com/site/ensokai/

台湾はよいところです。
管楽器も盛んです。
ぜひ実現していただきたいと思ひまして、ご紹介いたします。

現時点の詳細
http://sites.google.com/site/ensokai/dai-1kai--world-concert-jiyu-jiyuu

開催一ヶ月前(7月下旬)までに、日本からの参加が30人以上なら、開催ができそうだとのことです。

私もぜひ参加したいのですが、まだどうなるか…(カミさんの休みが取れないよなぁ)
 
タグ:自由演奏会
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2011年05月14日

反時代的考察

 大学の入学試験中Yahoo!知恵袋で回答を求めたなんていふ事件がありました。ふと思ひましたが、彼は予備校に通ってゐる間、先生に、わからない問題を質問しに行くやうな人だったのだらうかと。

 いまや、魚屋で魚を買って、家へ帰ってからその魚や調理法についてインターネットで質問することを、別にをかしいとは思はない世の中になってはゐないでせうか。

 魚屋は魚を売るだけで魚の調理法についての知識はないもの、と思ってゐるのか、それとも魚屋に面と向かって質問ができなくなってゐるかのどちらかではないかと思へてなりません。

 もっとも、スーパーのレジ打ちの女子高生に、魚の調理法を聞いたって、適当な答へが期待出来ないなんて場合もあります。しかし、魚屋は、単に魚を売っているのではなく、美味しく食べるための魚を売ってゐるのですから、魚の調理についての知識は、人一倍詳しいはずです。

 別に悪いわけではないのですが、この傾向はどうも歪んでゐるやうに思はれてなりません…
 
 ポイントがつくとか、アフターサービスがあるとか、クレームをつければすぐに返品がきくとか、そんなところばかりを気にして、ここに聞けば何でも答えてくれる、そんな親父がちまちま働いてゐるやうなお店が廃れてゐくのは、果たして抗ふことのできない、便利な時代の流れなのでせうか。

 願はくは、商品名を聞いたとたん、「お、あの店で買ったね」、と言はれるやうになりたいものです。
 
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