2008年06月30日

ウィーン(オーストリア)の吹奏楽

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 ウィーンのオーストリア吹奏樂祭で、色々な吹奏楽団の演奏を聽いて、何とも言へない、静かな感銘があった。彼らが演奏する「美しき蒼きドナウ」や「狩りのポルカ」は、實に素晴らしい。演奏技術はともかく、カラヤン&ウィーンフィルのCDで聽いたやうな、あの雰圍氣がある。

 オーストリアの一般吹奏樂團は、數々のイヴェントで演奏の機會がある。日本のやうな吹奏樂や音樂のイヴェントばかりではない。地元のお祭(勿論キリスト教の)、結婚式、葬式、お祝い事等々。我が國ではなかなか思ひつきにくいことかも知れないが、裏を返すと、オーストリアでは、これらの催しには、吹奏樂が必要なのではないかと思はれるのだ。かうした吹奏樂の活動は、學校の部活動ではなく、地域コミュニティーから始まる。この活動を續けてきた年長者が、子供に管楽器や打楽器を教へ、數々の行事で役割をこなす。

 さて、このやうなものは、日本にはあるだらうか。あるある。「和太鼓」だ。ウィーンフィルの奏者が、和太鼓を見事に演奏したとしても、それは技術として立派なものを感ずるかも知れない。しかし、技術の幼稚な日本の中學生が、町のイヴェントで演奏する和太鼓には、ウィーンフィル奏者の演奏とは質の異なる、日本の味はひがある。もしかすると、優れた奏者といふのは、世の東西を問はず、その及びつかない何かに、畏怖を持ってゐるのでなからうか。

 文藝評論家の小林秀雄氏が、自分がドストエフスキイを書くのをたうとうやめてしまったのは、どうしてもキリスト教がわからなかったからだ、と書いてゐた。無論、これは頭でわかるといふ類のものではない。マリア様の像が目に入るや、思はず膝を折って、頭を垂れる、さういふ生き方をしてきた人にしかわからないであらう何かを小林氏は感じ、畏怖を抱いたのではなからうか。

 ちなみに、小林氏のドストエフスキイ論は、ロシア文學者の間では、タブーになってゐるさうだ。あるロシア文學者は、「皆何のかんのと理屈をつけて言ふのだが、結局、彼ほどドストエフスキイを讀んだ人は他にゐないから、讀まずに偉さうなことを言ふ學者樣は、避けて通らざるを得ないのだ」、といふことを言ってゐた。

 ものの優劣ではなく、立ち入れない何かに心がときめくといふこと。それは、他國の魂に、歴史に、文化に觸れる、眞摯な態度なのかもしれない。

 祭り囃子が聞こえて來ると、授業もそっちのけになるやうな我々の感覺。オーストリアの子供達にはそれが吹奏楽の響きなのだらうか。
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2008年06月29日

パリで購入した資料

1.
A propos du... tuba

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Francois Poullot
1987, Gerard Billaudot Editeur

 ギャルドのtuba奏者(1964-1984)によるtubaについてのハンドブック。冒頭からTUBAのソロ曲を書いた作曲者のポートレイトと樂譜(1ページ目)を掲載。フレンチ・テューバやサクソルンバスなどの畫像も多い。

・サクソルンバスはテナーテューバ
・それより低いFやE♭のものがバステューバ
・さらに低いCやB♭のものがコントラバステューバ

といふ風に、サクソルンも含めて、すべてtubaで括ってゐる。


2.
De la Musique et des Militaires

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Colonel Armand Raucoules
Ministere de la Defense

ISBN 978-2-7572-0155-8

 フランスの軍樂隊のガイド。各樂隊の歴史や歴代隊長、作曲者について書かれてゐる。畫像が多く、使用樂器や樂器編成、コステュームなども知ることが出來る。


3.
Traite d'Instrumentation et d'Orchestration (1855)
Hector Berlioz
Eroica Music Publications

 ベルリオーズの「管弦樂法」。ベルリオーズ自身による1855年の補筆版。R.シュトラウス校訂版(1904年)とは譜例が全く異なる。新しい樂器として、SAX-HORNがあり、BarytonとBasseについても記述がある。(p.290) altoはまだtenorとなっている。追々R.Strauss校訂と比べていきたいと思ってゐる。


4.
Traite d'Insturumentation et d'Orchestration (1898)
Gabriel Pares
Henry Lemoine & Cie

 ギャルドの樂隊長だったパレによる、軍の吹奏樂團(d'Harmonie)と
ファンファーレ(Fanfare)についての樂器法。見つけてたまげたが、高價な古本だったので、かなり惱んで、結局購入。Saxhornについても、詳細に記述。tenorは既にaltoになってゐる。

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2008年06月28日

パリの樂譜店と古書店

 樂器屋街(ローマ通り)には樂譜屋さんや、音樂專門の古書店もあります。ユーロが高いので、ネットでアメリカに注文した方が安いものもあります。しかし、ただでさへ不慣れな外國語で書かれてゐるのですから、手に取って、畫像や圖版などを確認してから買へるといふのは、やはり魅力です。

 まづは、「サクソルンに關する本を買ひたい」と訊くと、「そんなら、ここへ行け」と必ず言はれる、Librairie Monnier へ。

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 店内に入ってすぐ、ギャルドの歴代樂長の一人、G.パレ氏による、吹奏樂とファンファーレの樂器法・編曲法の古本を發見。まるで「ここだよ」と呼ばれたみたいな見つかり方でした。日本圓に換算すると高額で、購入を迷ったものの、最後にはレジに持って行ってしまひました。このお店では他に、フランスの軍樂隊の資料(豪華カラー版)や、ギャルドのテューバ奏者によるテューバ(サクソルン含む)のガイドを購入しました。

 次に行った Arioso は、店の表にも中にも、樂譜や本がドッサリ無造作に積んであります(本棚にちゃんと竝んでゐるものもありますが)。店員やお客さんの派手な笑ひ聲が絶えず、終ひにはシャンソンが聽こえてきました(笑)。Librairie Monnier が神保町の古本店のやうな佇まひだとするなら、Arioso は早稻田の古本店のやうな氣さくさがあります。

 このお店は、初版のコピーみたいな Eroica Music Publications といふ廉價樂譜(本)も扱ってゐます。きっと學生さんに重寳してゐると思ひます。私もベルリオーズの「管弦樂法」(自身が補筆した1855年版)を買ひました。36ユーロでしたから、他社の半値くらゐです。ただし、字が大分かすれてゐます。

 最後に有名な樂譜店 La Flute de Pan へも行ってみましたが、特に収穫なしでした。

 殘念ながら、山田伊津美さんから教へて頂いたA.サックスに關する本(既に版切れで、未入手)を見つけることは出來ませんでした。
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2008年06月27日

パリの管樂器店を散策(Musique et Art)

 フレンチテューバ用のマウスピースを買ひたくて、feeling musique で訊いてみたところ、コルトワのT2S(これは既に持ってゐる)しかないと言はれてしまひました。以前にサクソルンバス奏者の山田伊津美さんにインタヴューした際に教はったとほりでした。

 坂を少し下ったところに、Musique et Art といふ店があったので、そこでも訪ねてみました。こちらでは、コルトワのT3を見せてくれました。これがカップの内径が大きいのに、底は淺いといふ、私の理想に近い形。喜んで購入しました。

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 Musique et Art 店内の「團員募集」ビラ。入團しようかしら(笑)。

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 URLのプロトコルがをかしなことになってゐますが、これがパリの姿を象徴してゐるやうに思ひました。なにせ、このとほり、かなり堂々といい加減なのです(律儀な雰圍氣のウィーンの後に滞在したので、初日から大分苦勞しました。そのうちブログの方に書きます)。

 すぐ近くに臺灣のジュピター(JUPITER)のショールームがあったので立ち寄ってみましたが、留守でした。feeling music でも、Musique de Art でも、ジュピター製品を見かけましたし、ウィーンのVOTRUBAにもJUPITER製のイギリス式バリトンがありました。ジュピターはヨーロッパでも、定評があるやうです。
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2008年06月24日

パリの管樂器店を散策(feeling musique)

 續いて訪れたのが、フランスはパリ。ユーフォニアムについて調べてゐると、どうもウィーンで開發されて特許が取られたユーフォニアムと、ベルギー・フランスのサクソルンとの關りが見えにくい(想像の域を出ない)ので、何か手がかりはないかと、樂器・樂譜屋街をうろつきました。

 サン・ラザール驛西側の「ローマ通り(Rue de Rome)」沿ひには、澤山の樂器屋さんや樂譜屋さんが竝んでゐます。管樂器のお店は少ないですが、何店か見つけることが出來ます。實はパリ訪問は三度目でして、初回(20年前)にこの界隈を短時間(2時間ぐらゐ)で回ったのでした。前回(16年前)は殘念ながらサマーヴァケーションで全店休みで訪問できなかったのでした。

 といふことで、實に20年振りの散策です。ちなみに、久々にパリを訪れた印象は「あれ?こんなに汚ねぇ街だったかな?」「あれ?こんなに不親切な街だったかな」ってことでした(笑)。

 弦樂器職人さんのアトリエ(外から見えるやうに、窓際に作業台を置いて作業してゐる)を眺めたり、樂器ケース屋さんで木彫りの古いヴァイオリンケースを眺めたりなどブラブラしつつ、まづは管樂器專門の「feeling musique」を訪問しました。

 ここは、パリに初めて來たときに、先輩が飛込みでクランポンのE♭クラリネットを買ったお店です(私はドイツでバリトンを買ってしまったのでお金ナシ)。當時は、初めて見るサクソルンバスに、かなり興奮したものです。すぐ近くには工房もあり、弦樂器の工房みたいに外から職人さんの作業を見ることが出來ます(かういふ管樂器の工房はここだけのやうでした)。

 丁度、コルトワのサクソルンバス(コンペモデル)の修理をしてゐるところでした。

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 隣にあった、ケノンのバリトン(4本ピストンとは珍しい)を吹いてくれました。

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 工房の外にはこんな看板が。ケノンのサクソルンバスのやうです。

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 お店の方へ行くと、ずらりとこんな感じです。

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 てっきりコルトワだと思ってゐたバスは、なんとケノン製で、新品でした。手廣くはないですが、今も地道に樂器を製造してゐるのですね。

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 フレンチテューバ用のマウスピースを買ふつもりでしたが、コルトワのサクソルンバス用「T2」しかないといふので、諦めました(これなら持ってゐるので)。

 feeling musique は、多くのフランスプレーヤーのレコーディングにも携ってゐます。當然、日本では見かけないCDが色々あるので、物色しました(ここからは、主にのたりさんを羨ましがらせようといふ企畫(笑))。

 テューバとサクソルンを吹く、Francoise Thuillier といふ人の、CDを何枚か買ってきました。前衛的なプレイです。この人と Anthony Caillet といふ人がユーフォニアムで參加してゐる Europian Tuba Trio や、それとこの人達を中心に若手金管低音プレーヤー(なんとローからハイまで、ティーンエイジャーばっか)が結集した Mega Tuba Orchestra(ジャズスタンダード中心)も買ふことが出來ました。また、エキゾチックでファンキーな A'BRASS(ヴァークナーテューバやサクソルンバスなど中低音が充實してゐるコンボ。アドリブもブリブリ)や、Eu. Tp. Pf.のトリオ Brasure TRIO(ユーフォニアムは Loic Preville さん)など、大収穫でした。ディスクの詳細は後ほどまとめて。
 
 15年ぐらゐ前に、フランスの金管低音奏者達が前衛的な分野からジャズまで幅広く音樂活動をしてゐることを知り、以來ずっと不思議に思ってゐました。そのことを、フランスで修行された橋本晋也さんに伺ったところ、「フランスは藝術家組合がしっかりしてゐるので、生活は國が保障してくれる、だからどんな藝術活動を行っても食べていけるのでせう」とのことでした。
 
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2008年06月23日

ウィーン新王宮の古楽器コレクション

 ウィーンには、澤山の博物館があります。この日は美術史博物館(美術史美術館 Kunsthistorischen Museums KHM)で、念願のブリューゲルの繪畫を堪能した(普通の旅行記は、そのうちブログの方に書きます)後、道路の向かひにある新王宮の古樂器コレクション(Sammlung alter Musikinstrumente)を見學しました。

 チケット賣場へ行くと、日本のおばさん達が、日本語でベラベラとまくし立てて、賣場のオジサンを困らせてゐました。どうしました?と聲をかけましたら、4人が一齋に「ここへ行きたいの!」と地圖を突きつけてきました。それがまぁ、全部バラバラなのですが、全部同じ新王宮の中の博物館(笑)。早い話が、日本語の地圖しか持ってゐないので、入り口の掲示を見ても、そこが何の博物館なんだか判らないといふことなのですね。ガイドさんがゐない旅なら、ドイツ語のパンフレットと照らし合はせるぐらゐの努力はしないと、いかんでせうに。

 さて、古樂器コレクションですが、金管樂器の數は少なかったものの、 モーツァルトやベートーヴェンの時代のトロンボーンの他、ウールマンのウィンナヴァルヴのホルン、20世紀のヴァークナーテューバなどが展示されてゐました。

 中でも、19世紀半ばに製造されたウールマン製バステューバ(BASSTUBA)は、元祖モリッツと同じシステムのモデルですが、ベルリンの樂器博物館で觀たモリッツのモデルよりも、とても美しい形状でした。

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 また同じくウールマンによる、1854年のサクソルン(2台あったので、「ZWEI SAXHOERNER」と掲示)が展示してありました。ウィーンでサクソルン?といふ驚きもありましたが、なにより驚いたのは、このサクソルンは、アメリカでよく使はれてゐたやうな、肩に担いで演奏するタイプなのでした。解説を見ますと、どうやらアメリカへ輸出するために造られたもののやうです。とても小さいもので、音域はB管のトランペットより高いのではないかと思ひました。館内の美しい女性職員さんに聞いてみたのですが、詳しいことは判らないとのことでした(アルバイトだったのか?)。

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 「ボンバルドン(掲示では、「TUBA」)」の撮影を藝大の佐伯さんから頼まれてゐたのですが、これが思ひの外難儀し、結局目録に期待して展示室を後にしました(笑)。

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 さて、目録や絵葉書を目當てにショップに立ち寄りましたが、膽心のボンバルドンやユーフォニアムに關する記述はなく、また掲載されてゐる樂器についても、展示室に掲示してある解説と大差ないやうに感じたので、買ひませんでした。ベルリンの樂器博物館やミュンヘンのドイツ博物館のやうなカタログを期待してゐたので、少し殘念でした。
 
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2008年06月17日

ユーフォニアムの元祖

 晝の仕事で色々ありまして、身體はフラフラなのですが、どうにも眠れません。難しい話でも書いてゐれば、少し眠くなるのではないかと思ひましたので、書いてみます。この邊、論文や書籍で、しっかりまとめたいと、前々から思ってゐるのですけれどもね。

 複數の資料(特にドイツ語圏)を讀むと、B管またはC管の中低音金管樂器に「Euphonium」や「Euphonion」といふ名をつけて、最初に特許を取ったのは、ウィーンの樂器製作者といふことになります。

 フェルディナント・ゾンマーさんがユーフォニアムを發明したといふ記述が、よく見られます。しかし、ゾンマーさんの樂器は「Sommerophone」(これは、音樂とは關係のない文献にも登場してゐます。詳しくはこちら。樂器の形も判ります)といふ名稱です。これが、どうしてユーフォニアムといふ名稱に繋がるのでせうか。

 考へてみれば、ゾンマーさんは演奏家ですので、本人が樂器を製造できるわけではありません。どうも、この人の樂器製作に携ったのが、フランツ・ボック(Franz Bock)さんとフェルディナント・ヘル(Ferdinand Hell)さんといふ、ウィーンで工房を開いてゐた職人さんのやうです。

 ウィーンでは、ボックさんの方が先に「Euphonion」といふ名稱で1844年に特許を申請しました。ヘルさんの方はその4日後に「Hellhorn(Euphonium)」といふ名稱で特許申請しました。なお、1年後に、晴れてヘルさんの Hellhorn の方が、「Euphonium」といふ名称で特許を取得します。

 では、それらはどのやうな形状かと言ふと、ボックさんのは、ゾンメロフォンより全体的に太いです。

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 ヘルさんのはゾンメロフォンに近く、

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 といった形状です。

 ヴァルヴはロータリー式ですが、現在のユーフォニアムのやうな太いボアの樂器は、ボックさんの「Euphonion」の方だと考へられます。ボックさんの特許申請には、「その豊かで美しい響きは、金管樂器において、チェロの役割に匹敵する」といふ記述があります。これは、正にユーフォニアムのユーフォニアムたる所以とも言へるのではないでせうか。

 このボックさんの「Euphonion」のスケッチは、ウィーン工科大學にあります。この大學は宿泊したホテルのすぐ近所で、何度も前を通りながら、ああ、ここにその資料があるのだなぁ、と思った次第です。

 Euphonionは、ブルックナー作曲の行進曲にも登場しますし、ウィーンの吹奏樂譜には、今でもこのパートがあります。同じパートが、ドイツやチェコの譜面ではBaritonとなってゐます。Euphonion發祥の地ウィーンですから、傳統的に、敢えて「Euphonion」「Eufonium」などと表記してゐるのかもしれません。

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 ドイッチェマイスターの譜面

 少し眠くなりました(笑)。各々の細かい出典は、論文か書籍にする際にでも。
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2008年06月14日

「ローエングリン」鑑賞

 オペラって長さうですし、言葉もわからないといふことで、敬遠してゐたのですが、折角ウィーンに來たので、スーツドレス着こんで、聽きに行かうといふことになりました。演目はリヒャルト・ヴァークナーの「ローエングリン」。

 一般的には第三幕の前奏曲から繋がる「結婚行進曲」が壓倒的に有名です。クラシック好きは「第三幕への前奏曲」、ウィンドアンサンブル好きには「エルザの大聖堂への行列」(私達の披露宴ではこれを流しました)と、單獨で演奏されるやうな名曲が、この「ローエングリン」には含まれてゐます。オペラ初心者の私達には、取っつきやすいかと思って、豫約してゐたのでした。演奏はウィーン國立歌劇場管弦樂團、會場は、勿論ウィーン國立歌劇場です。席は中央部の三階最前列! 奮發しました。

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 この建物、市内に普通に建ってゐます。滞在してゐるホテルからリング(市内中心部)に向かうときには、嫌でも目に入ります。足を止めてよく見ると、外觀だけでも壓倒される、すごい建物なのですが、ごく普通に街の中に建ってゐるのです。滞在三日目に鑑賞だったので、日に日に「ここで聽けるのか…」といふ思ひが湧き上がってきました(私の方は)。

 さて、緊張しながら中へ行くと、人でごった返してゐます。皆さんあちこちで記念寫眞を撮ったりして、賑やかです。日本でプリントアウトした豫約票を見せ、チケットに交換。手摺りに觸ったら怒られるんではないかと思ふやうな、緑の絨毯が敷いてある、大理石の階段を上がって、客席に行くと… 

 こんな感じ。いよいよ期待が高まります。

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 さて、始まったのですが… どうやら最近NHKの芸術劇場で放映されてゐるやうな、現代風の舞台なのでした。おもちゃみたいな黄色いトラックや、サザエさんのエンディングで一家が入っていくやうな家や、でっかいひまわりみたいなハナが、漫畫チックにデフォルメされて、舞台に乘っかってゐます。ローエングリンもスーツで登場です(笑)。まぁ、これはこれでいいやと思ひつつ、かぶりついて觀てゐました。

 ドイツ語に堪能ではないので、なに言ってんだかよく判りませんでしたが、「いい奴=高音」「悪い奴=低音」「偉い奴=もっと低音」といふのがはっきり感じられるので、なんとなく筋が判りました。流石に初めてなので、長く感じられましたが、かういふ時間もよいものです。

 幕の間には、ロビーで呑めます。このロビーの雰圍氣がまたいいです。まづ、部屋の装飾がスゴイのです。モーツァルト初め、國立歌劇場に關係した作曲家の彫像が壁面にズラリ。そして見事な壁畫。開いた口が塞がりませんが、ビールは進みます。

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 グラス持って、ワイワイウロウロしてゐる私達と一線を畫すやうに、「Reserve」といふ札がある立ち飲みテーブルには、すでにオードブルとシャンパンなんかがが置いてあったりして、ブルジョワな方達はかうして優越感に浸るのだらうかと思った次第です。

 二幕と三幕の間、席に戻ったら、テューバ奏者がコソ練してゐました(ハイトーンが續きますからね)。前列のトロンボーン奏者が茶々入れてゐたのが面白かったです。このテューバ奏者、開演前からずっと音出ししてゐました。まだ若い方なのでせうか。

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 ローエングリンの長々しい歌の果てに訪れたラストは、劇中で何度か登場した、黄色い大きな鎖が、舞台の對角線上に伸び、同じ角度で鋭いスポットがあたり、そこに剣を持ったエルザが倒れ込むといふ、壮絶なものでした。今でもそのショットが目に浮かびます。

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2008年06月10日

ウィーンで購入した資料

1.
Handbuch der Musikinstrumentenkunde
Curt Sachs
1930(1990), Breitkopf & Haertel, Wiesbaden
ISBN 3-7651-0051-X

クルト・ザックスによる、樂器學のハンドブック。
ヴィープレヒトのTenorbasshornが後のTenorhornに、
モリッツのTenortubaが後のゾンマーによるEuphonionやBarytonに(p.270-271)なったとの記載。
モリッツのBasstubaの運指(p.271)。

2.
Wiener Musikinstrumentenmacher (1766-1900)

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Rudolf Hopfner
1999, Kunstthistorisches Museum Wien
ISBN 3-7952-0983-8

1766-1900年までのウィーンの樂器工房の所在地とガイド。
Euphonionで特許を取得したFranz BockやFerdinand Hellは勿論、
工房の変遷も詳しく掲載。

3.
Marsh in Es-Dur (1865, Score)
Anton Bruckner
1996, Musikwissenscaftlichter Verlag

Euphonioが3パートある行進曲

4.
Handbuch der Musikinstrumentenkunde
Erich Valentin
2004, Gustav Bosse Verlag, Kassel

Tenorhornについて、H.Stoelzelの該當樂器はTenortrompetenbassとしてゐる。
Barytonは'kleinen'Bass(小バス)といふ見解。
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2008年06月09日

ウィーン VOTRUBA 製バリトン

 ウィーンの西驛からUバーンで一驛のところにある樂器店「VOTRUBA」へ行ってきました。ウィーンでやっと探し出した、中低音金管樂器も扱ふ樂器店です。すぐ近くに工房もあります。

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 店内には、テノールホルンとドイツ式バリトンがズラーっと展示されてゐました(話に夢中になり、寫眞撮り忘れ(涙))。幸ひテノールホルン吹きのクロイツェルさんといふ店員さんがゐたので、色々お話しできました。

 テノールホルンは從來3ヴァルヴが主流でしたが、今は4ヴァルヴが多く使はれてゐるさうです。音域の拡張もありますが、響きがより豊かになると言ってゐました。確かにドイツ式バリトンやカイゼルバリトンよりも明るい音色で、しかも太く豊かな響きであれば、テノールホルンの方がよりメロディーやオブリガートに向いてゐるとも言へます。音樂事典では、イギリスやフランスのバリトンと同じ樂器に分類されてゐますが、いつの日か事典の分類も變って來るかも知れません。

 また、ウィーンでもサテンが流行り始めたやうで、このお店でもフリューゲルホルンやドイツ式バリトンなどを加工(ワイヤーブラシで)したさうです。

 竝んでゐる樂器の中に、かなり赤いモデルがありました。ゴールドブラスより、さらに赤いレッドブラス(呼稱に明確な線引きはないやうですが)です。なんとお店のオリジナルモデル「VOTRUBA」でした。

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 VOTRUBA BARITON 

 ・4ヴァルヴ
 ・銅の成分がかなり多いレッドブラス
 ・径が小さく太いベル(アレキサンダーのバリトン風)
 ・全體にゆったりとしたレイアウト(ミラフォンのバリトン風)
 ・メインテューニング管の後は細く、ベルの手前で太くなる
 (メルトンのテノールホルン風)
 ・第3ヴァルヴの枝管の幅が廣い
 (チェルヴェニー風。ウィーンのこだはりか?)

 各社のいいとこ取りのやうな仕樣ですが、吹いてみたところ、特にfからf1(ITEA式表記)は驚くほど樂にタンギングでき、伸び伸びとした響きです。その上下は私には吹きにくかったのですが、慣れがあると思ひます。Bはやはり低めでした。

 クロイツェルさんによれば、テノールホルンとドイツ式バリトンの間の樂器を造ったとのことです。彼自身も使ってをり、ミラフォンのプレミアムよりこっちの方が好きだと言ってゐました。價格は3150ユーロぐらいだったと思ひます。かなりいい値段です(笑)。

 店内には巨大なコントラバスサクソフォーン(B管)がありました。

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 大きさの比較ってことでクロイツェルさんと(笑)。

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2008年06月08日

テノールホルン〜ヘリコンバス

 東京藝大講師の佐伯茂樹氏と話してゐた時のこと。「テノールホルンからヘリコンバスまでが竝ぶと、ベルの向きが一緒になる。これは何か意味があるはずだ」と。實際、ウィーンでドイツチェマイスターの演奏を聽いてゐて、なるほどと思った次第。

 ベルの向きが揃ってゐる(それならユーフォニアムとバス、またロータリーの樂器同士なら簡單にできる)といふだけではなく、ある種の威壓感を生み出してゐるとさへ感じました。

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2008年06月07日

オーストリア吹奏樂祭

 運良く「オーストリア吹奏樂祭」開催中にウィーンを訪れました。5/30のシェーンブルン宮殿を初め、5/31にはリング内のあちこちの街角で、獨自の衣装を纏った多くの樂隊の演奏が行はれました。

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 こちらはシュテファン大聖堂近くで演奏してゐた樂隊。ホルンはウィンナホルンでした。ミラフォンのテノールホルン、プレミアムモデル(ゴールドブラス)2台が使はれてゐました。

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 こちらはスロヴァキアの「Dychova Hudba」といふ樂隊。テノールホルン3、バリトンは2。いづれもチェコ製で、中國製も1台ずつ入ってゐました。他の樂隊よりも、情熱的で激しい演奏でした。

 そして、この催しのラストは、ウィーン市庁舎前に全樂隊(主催者によれば15團體)が終結し、大合奏となりました。蚤の市に出かけてゐたので、最後の最後にたどり着きました。壮觀でした。

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 終演後、バリトン奏者に話しかけてみました。彼が使ってゐたのは、ミラフォンのバリトン、プレミアムモデル(ゴールドブラス)でした。ちなみにテノールホルンもバリトンも、ミラフォンのゴールドブラスを使ってゐる人、かなり多かったです。

 マウスピースは何を使ってゐるのか、などと話してゐるうちに、「まぁ吹けや」と言はれ、ちょっとだけ吹いてみました。

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 子供らや他の樂團員なんかがよってきたりして、焦りました。こんな時は、なんでも一曲吹けばいいのでせうが、年をとったのか、最近人前で演奏をしなかったせゐなのか、曲が全く思ひつきませんでした。いやはや… かなり心殘りです。

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 それにしても、皆さん、身體が大きいですね。あの巨體にたっぷりブレスをとって、朗々としたメロディーやオブリガートを奏でられるのですから、うらやましいと思ってしまひます。デカきゃいいってものではないですし、小さきゃダメってこともないのは勿論なのですが…。
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2008年06月06日

ウィーン宮廷音樂隊

 訪問した土曜日は、ウィーンの王宮(Hofburg)の中庭で、1696年創立の宮廷樂隊の演奏がありました。「ウィーンはいつもウィーン」「狩りのポルカ」「Schönfeld」など、たっぷり1時間、ウィーンの雰圍氣たっぷりプログラムでした。

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 彼らホッホ・ウント・ドイチェマイスター(Hoch und Deutschmeister)は、古き佳きウィーンの樂器を、大事に使ってゐます。

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 訪問した日の編成は、

 指揮(隊長)
 ピッコロ
 クラリネットEs
 クラリネットB
 フリューゲルホルン×2
 トランペットB
 トランペットEs(長管トランペット)
 ホルン(ウィンナホルン)×2
 ロータリーヴァルヴトロンボーン×2
 バスフリューゲルホルン(テノールホルン)
 オイフォニオン(バリトン)
 ヘリコンバス Es
 ヘリコンバス B
 小太鼓
 中太鼓
 シンバル
 旗持ち

 といったものでした。なほ、全ての樂器は通常より半音高いピッチに調整されてゐます。使用する樂器や編成は、この先もきっと變はらないだらうと思はせるやうな頑固さを感じます。恐らくこれを變へてしまったら、この樂隊やウィーンの歴史における、大事な何かが失はれてしまふのでせう。文化の奥深いところに樂器の形態や吹奏樂の編成が關ってゐるといふのは、ちょっと日本では理解しがたいことなのかも知れません。

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 胸に隊長竝の勲章のある、年配のオイフォニオン(バリトン)奏者は、これは100年前の樂器なんだと、誇らしげに見せてくれました。Anton Daniel Fuchs 製で、調べてみたところ、1938年まで活動してゐた工房のやうです(ウィーンで大枚はたいて買った資料のお陰で判明しました)。

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 若いバスフリューゲルホルン(テノールホルン)奏者は、こっちはいつのだか判らない、と言って笑ってゐました。調べてみましたら Anton Dehmal 製で、1907年まで活動してゐた工房でした。こっちも100年選手だったのですね。ウィンナヴァルヴで有名なウールマンや、B&Fとも關係があるやうです。

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 どちらもB&Fと關係がありそうですし、第3ヴァルヴの抜差管の幅が廣いので、現在のチェルヴェニーやアマティー(今はチェコですが、その昔はオーストリア・ハンガリー帝國)に繋がるものと思ひます。それにしても、長年調整され續けた樂器のやうで、100年近くを經た今も、蒼空にひろがるやうな、とても素晴らしい響きを奏でてゐました。樂器を造り調整する職人さんと、演奏する奏者の腕を、どうだと見せつけられたやうに思ひます。

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2008年06月01日

宮廷音楽隊

 やってきました、ウィーンです。うまい具合にウィーンは「吹奏楽祭り」の最中でした(狙ったわけぢゃありません)。

 毎週土曜の午前11時から(季節によりますが)、宮廷周辺〜中庭で、ホッホウントドイチュマイスターの演奏があります。彼らは宮廷所属の名誉ある音楽隊です。いろいろ発見がありました。また後ほど詳しく。

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 テノールホルンとバリトン(オイフォニオン)奏者と。
posted by 岡山(HIDEっち) at 14:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | ユーフォニアムの歴史と研究